1.悲しみを喜びに


倒壊したアパート(女川町)

出かける前は例年になく水仙が奇麗だったが
まだ冬のなごりがあった
帰ってみると庭の三本の桃がまばゆいくらいに花開いている
いっきに春が訪れていた
他にも数十の草木が春の色取りを競っている
毎年見慣れた光景が桃源郷のように思えるのは

石巻市と女川町で見てきた光景が余りにも残酷で冷たく
とても自然が与えた光景とは思えなかったから

石巻の庭にも春を告げる草木が沢山あったはず
そう思い、よく見ると梅の木は苦しそうに花を咲かせていた
小さな枝の先までトイレットペーパーのようなものが巻きつき
泥とホコリを吸い灰色に垂れ下がり
花の存在をかき消している
まるでお化け屋敷に出てくるような木々が町じゅうに有る

石巻被災地図


石巻港のど真ん中に、海岸に隣接して日本製紙が有る
約一平方キロの敷地に積み上げてあったパルプが津波によって町じゅうにぶちまけられた。
ひとつ数百Kgはある紙の固まりや、それを載せてあったパレットが凶器となって、わずかな路地しかない家の庭先にまで流れ込んでいた。

老夫婦(千葉さん)が丹精込めて作った小さな庭は、海底から巻き上げられてきた、まっ黒い泥に埋まり、植木が灰色に突き出している
熊本から来ていた造園業の田上君が泥出しの作業の合間に、玄関先の植え込みを手早く剪定し、紙切れの付いた枝葉を取り除いた。
素人目にそんなに切って大丈夫というくらい、バサバサ剪定していった。そばにいた家主のおばあちゃんに、この人植木屋さんやからもう大丈夫よ、と言うと、細い目に涙を浮かべ小さく「ありがとう」とつぶやいた。
「もう大丈夫だよね田上さん」と私が聞くと「いや海水がかかっているから、かんきつ系以外の草木はどうなるかわからないね」と

神奈川県藤沢市から来ていた電気工事士の反町さんは、その「ありがとう」を数えていた
老夫婦と応援に来ていた兄弟の老夫婦4人から「ありがとうを百回言われたよ」と作業後に聞いた、全身の筋肉痛が喜びに変わって行った。

 

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